ボーイスカウト吹田2団【平成15年4月12日発行】


第135号

3月23日 お尻がいたいよ ビーバー隊 

鶴見緑地公園の北橋の所にある「なにわっこランド」には、ジャンボ滑り台や色々なジャングルジムのような遊具がある。
天気もよく10時30分頃着いたが、すでに遊びに来ている子供達がたくさんいた。

ジャンボ滑り台は、早く滑らないとかなりの行列になるだろうな・・・。
4班に分かれて行動することにした。荷物はお母さん達に頼んで見てもらい、写真もお母さん達に頼んで撮ってもらった。
ジャンボ滑り台は4コースある。全部滑ったら別のジャングルジムのところで遊ぼう。

大人がついて行けないところは離れてみており、危ないところはそばについて手をさしのべる。

かなりの人出で、少し目を離すと何処に行ったのか見失いそうだった。
みんな楽しそうに遊んでいる、疲れを知らないスカウト。大人は、「はぁ・はぁ」ついて行くに必死だ。
午前中はそんなに風もないので暖かく汗ばむほどだった。

そろそろ昼ご飯になるので遊びはここまで。手を洗って弁当と水筒を出し、「いただきます。」
早く食べおわった子は遊んでもいい、ただし滑り台は駄目。目の前の小さな遊び場はいいよ。
しゃべってばかりではしが動かない。食べるのが遅くて、リーダーにしかられていた。
みんなが食べ終わり、12時45分まで遊ばせ、そろそろ後片づけをし人数確認。
あれ?一人いないよ。さっきまで、そこで遊んでいたが、ずいぶん遠くまで探しに行った。いた!いた!
見つかって良かった。帰るよ。


別の所で20分ほど休憩、そしておやつタイム。いくつかの関所で、ジャンケンに勝ったらもらえる。
すんなりとは通過できないぞ。スムーズに通過できた子もいた。食べてもいいよ。

その後「木の葉章」を渡した。みんな一緒に遊んでいる。
駅までは20分近くかかる。もう一頑張りして歩こう!駅前で集合写真を撮った。皆さんお疲れ様でした。







3月21日 いい友・ふれあいフレンドリー カブ隊

 今月は、岸一小学校の運動場を借りて、吹田1団と合同でカブリンピックを行ないました。
午前中はスポーツテスト、午後からはキックベースボールです。スポーツテストの種目は、ソフトボール投げ、50M走、なわとび、たち幅跳び、ななめ懸垂の5種目。組ごとに各コーナーをまわり、記録をつけて行きます。
各部門のトップ賞は、なわとび、たち幅跳び、50M走の3部門が1団の淡河順詞君、ソフトボール投げは音納伸行君、ななめ懸垂は、小田美咲輝さんという結果でした。



午後のキックベースボールは、1回戦は、「1団対2組」と「1組対3組」で同時に試合を行ない、2組と3組が勝ち進み、決勝戦の結果、2組が優勝しました。
そして、ベストプレーヤー賞とMVPはそれぞれ2組のスカウトの中から選ばれます。


キックベースボールは、学校や子供会でも最近ではやっておらず、ルールなど知らないスカウトが、ほとんどのようでした。
でも、試合になると互いに声をかけあったり、くまスカウトはしかスカウトやうさぎスカウトに作戦を指示したりと、どの組もなかなかのチームワークでがんばっていました。
もちろん、デンリーダーもやる気満々。張り切りすぎて翌日は筋肉痛かも・・・。



1団のくまスカウト、淡河君はスポーツテストのトップ賞を一人で三部門獲得しました。
キックベースボールのベストプレイヤー賞は、菊野将大君、MVPには朝比奈慎平君が選ばれました。
・・・オメデトウ!ウオッ、ウオッ、ウオー!!


3月21〜23日 訓練キャンプ ベンチャー隊

3月の連休を利用して、高槻の塚脇という、ボーイ隊にはおなじみの「竹山」をフィールドにお借りして、ボーイ隊と合同でキャンプを行った。
雨続きの天候の中、キャンプ期間中の3日間だけは晴れ。あけて月曜日は雨だった。なんと運がいいことか。
例によって、ブルーシートでベースキャンプサイトの設営から始める。
はえている竹をポール代わりに利用して作ってみるが、屋根をつけて見ると隙間がいっぱいできたため、雨が降った時の事も考えて2日目の午前中に、ポールを使用して、軒先付のサイトに変更した。
ついでに、側溝も掘ったが幸いこのお世話にはならなかった。
食事の献立は、スカウトが立ててくれた。初日の夕食は、カルパッチョと海鮮スープ。なかなかうまい。

実はこのキャンプ、リーダーが少ない。ボーイ隊隊長の友岡君は現地まで来たけれど、仕事の都合で、昼過ぎに帰宅。
残ったのはベンチャー隊隊長の私一人だ。というわけで応援にカブ隊から岩橋さん、2日目から入れ替わりに団委員長の藤井さんに来ていただいた。
大変申し訳ないのである。まあ、来ていただいたからには、大いにこき使って楽しんでいただくことにした。

今回のボーイ隊のキャンプテーマは、スカウトハンドブックの「サバイバル」を全部やってみようということだったが、課題の中にテント以外で寝るというのがあったが、この季節では無謀かもという結論になった。
というのも、なんせむちゃくちゃ寒いのだ。ベンチャー隊は、ベースキャンプにそのまま寝たが、むちゃくちゃ寒かった。

石油ストーブを持ち込んで、一晩中火を落とさなかったのだが、暖かいのは、ほんの前だけで、少し離れるとシートの隙間からのしんしんとした寒さで背中が冷たくなる始末。
ましてや、ストーブはもちろんなしの野外で寝るのは、もう少し暖かくなってからにしたほうが無難だろう。

夜プロは、ベンチャースカウトと相談し、「キムス&スケッチおまけに推理」というものをしてみた。
ボーイ隊スカウトをベースキャンプサイトに集合させ、説明をする。
「5分間サイト内に入って、よく観察してください」 スカウトは、キムスと気づく。
しかし、問題は彼らの予想を超える。
「では、問題です。サイト内にあった救急箱の形を絵で書いて、置いてあった場所を見取り図に示してください。」 
これは新しい。 この手の問題が十数問。中にはくだらない問題もあったが、キャンプ生活に必要なものがどこにどれだけあるのか・・・。
観察と記憶、スケッチして場所を示して相手に伝える技術の習得だ。(っておおげさな・・・)

明けて2日目は、キャンプクラフト。
ふんだんにある竹を使って、食器乾燥棚と立ちカマドの製作をさせることにしたが、すぐ無理とだと思い、立ちカマドだけにした。指導はベンチャースカウトだ。
いくらふんだんに竹があるとはいえ、なんと立派な竹を切り出してきたことか。
用意した麻ひもではもちそうにない。時間はかかったが、なんとか自立するかまどが出来上がった。

2日目の夜プロは、「夜間での方位を知る方法」。幸い晴れていたので、星座を使った方位だ。
私は寒かったのでサイトに残って、指導はベンチャースカウトに任せた。(実は星座をよく知らなかった)
柄杓(北斗七星)は見つかったが、その先にある北極星は森が邪魔して見えなかったそうであるが、この方向だと説明したそうである。

最終日。午前中に、近くにある摂津峡で浄水器をつくった。
用意したペットボトルの底を切り落とし、小石を詰め、その上に砂を入れ炭を敷いてまた砂をいれ、最後に落ち葉を入れて出来上がり。
摂津峡の清流を汲んで、浄水器に流し込んだら、泥水がでてきた。
「何のためにしてんのかわからんなあ。」原理だけの学習となった。こんなもんだ。

もっぱら、楽しめたのは、摂津峡の岩場を渡って中洲に行き、大きな岩に登ることだった。
小さなスカウトの手をとって一人では登れないであろう大きな岩に引き上げる様はなかなかほほえましい。
カブスカウトではないが、「おさないものをいたわります」「互いに助け合います」がよぎる。

昨夜は夜版の方位だったが、今回は太陽とアナログ時計を使った方位の知り方を勉強する。
これもベンチャースカウトにやってもらった。
なかなか頼りになるスカウト達である。これからも、この調子で私に楽させてくれたまえ。



 “鮑のつぶやき” 
  
 「暮らす」と「明かす」のこと 育成会長 辻本繁夫


「暮らす」とか「暮らし」といえば、ごくありふれた言葉ですが、もともとの意味は「日が暮れるまでの時間を過ごす」ことです。
大抵の大人は」働いて暮らしますが、中には遊んで暮らす優雅な人もいます。
「暮らす」は、やがて「月日を過ごす」意味になり、「デカショ、デカンショで半年暮らす」とか、「一年を十日で暮らすおいい男」などのユーモラスな表現も生まれました。
今日では単に「生活する」という意味になっています。

「暮らす」と対照的なのが、「明かす」です。こちらは「寝ないで夜明けまでの時を過ごす」こと。
私達は特別な夜は「語り明かし」たり「飲み明かし」たりして、時を過ごす。
例えば、大晦日などです。「大晦日の晩に早く寝ると皺がよる」・・・昔のお年寄りはよくそんな言葉を口にしました。
科学的には何の根拠もないことでしょうが、子供の頃はその言葉が何故か気になり、眠い目をこすりながら大人達の夜明かしに付き合ううちに、いつもとは違う気配を感じて、興奮したものでした。

大晦日の「夜明かし」について民俗学者の柳田国男が、このように述べています。「我々の一年は日の暮とともに暮れたのである。それゆえ夕日のくだち(夕暮れ)に神の祭を始め、その御前に打ち揃った一家眷属(いっかけんぞく)が、年取りの節の食事をしたのである。」
こうした習わしの背景には、日が暮れた時点から、時間は新しい日となって再び生まれてくるとの考えがあったようです。
それが端的に意識されるのが正月などの折節の祭。「大晦日の晩に早く寝ると・・・」といわれたのも、一年の初日が生まれ出る時を、厳粛に受け止めるためだったわけです。

昔は日暮れとともに時間のよみがえりが始まった、といっても普段の日は人々は日の出とともに起き出してそれぞれの生業に勤(いそ)しみ、日暮れを迎えました。
そんな「暮らし」に疲れた心身は、夜の睡眠で癒される。夜は時間を蘇らせるばかりでなく、人々の凅れかけた生命力をも蘇らせたのです。
普段の夜は眠って過ごすため、そのことに気付づきませんが、正月などの特別な折には眠さをこらえてでも夜を「明かす」ことで、時間と生命力が日々蘇ることに思い至り、そのことに感謝できたのでしょう。
翻って、今日の「暮らし」や「明かし」はどうでしょうか。

産業の発達した私達の社会では、夜の残業や夜勤は珍しくない。徹夜で受験勉強に励む若者もいます。いずれにしても、人工照明のもとで昼の「暮らし」を延長していることに変わりありません。
現代の私達の意識では、時間は昼夜の別なく未来に向かって均一に流れるもの。そんな時間を出来るだけ切りつめて成果を上げるために、夜を「明かす」のです。 
私たちが仕事のためによるを「明かす」こともいとわないのは、心のどこかで、時間を金銭と同一視しているからかもしれません。
「時は金なり」の格言どおり、時間を有効に使えば、その結果生み出される富や名誉も多くなる、との考えです。
同一時間内に出来るだけ多くの成果を上げるために、心身の緊張を高め、しかもそれをを持続させる。そんな状況に耐えられるだけの「健康」を作りたいと願って、スポーツクラブに出入りしたり、嗜好品を制限してみたり、薬に頼ったりするのですが・・・。

「時間=金銭」の観念に囚われて、より多くの富や健康を求めようとする限り、私達に心身の安らぐ時はなく生命の蘇りを得られないのではないでしょうか。
私達はもう一度、昔の人の知恵を想起したい。日々仕事に勤しんで「暮らす」中にも、折々に憩いと寛ぎのひとときを持ちながら、人それぞれの「時間 = 生命のリズム」の奥深さを知る。
特別な夜には語り「明かす」などして、命の蘇生の証しに触れ、生きていることの歓びを互いに分かち合う。そのようにして、私達一人一人が、それぞれの心身にそなわった蘇生のリズムをふまえて毎日を送ってこそ、真の健康が保たれるのではないでしょうか。