中南米の大自然と遺跡の数々。
9ヶ月に及ぶ縦断の記録です。


第6話 マヤ遺跡〜中米へ


<<ユカタン半島のマヤ遺跡群>>


 今、ユカタン半島のメリダという町にいるがとにかく暑い。スコールはあったが、時期的なものもあったのかそれほどたいしたことはなかった。
バハ=カリフォルニア半島のサラサラとした暑さとは違い、とても蒸し暑い。
この周辺のジャングルにはマヤ文明の遺跡が数多くあり、今だ発掘されていないままのものもあるという。



日本を出る前は、現地でガイドブック(英語かスペイン語のもの)でも買って、マヤ文明の遺跡について勉強しようと思っていたのだけれど、いざここに来るとそんな気は何処かへ失せてしまった。とにかく片っ端から遺跡を巡って、全てのピラミッドに登り、日本語のガイドブックを読んでおしまいと、いうという感じになってしまっていた。 


もともと、ジャングルの中の遺跡群を発掘したので、遺跡と遺跡とをつなぐ道はたった1本の道しかない。その様子は旧約聖書のモーゼの十戒の中で、水を2つに割るシーンがあるが、まさにそんなかんじで、そんな道がどこまでも続いている。
幸い、ほとんどがアスファルトなので全く問題はない。


ふと立ち止まると、そこら中でさまざまな鳥や獣(たぶん猿類)の鳴き声がして、あたかもジャングルの中を散歩しているかのような気になり楽しかった。

そんな感じでサイクリングを楽しむ日々が何日か続く中、ある日いつまでたっても目的地に着かないことがあった。地図上には道があるのだが、現地の人に聞いてもそんな道は無いと言う返事。結局、60キロ以上も多く走るはめになった。

テントを持っていたのでどこにでも寝る事は出来たのだが、両サイドがジャングルなので、なかなか野宿する所が見つけられず、とにかく走り続けるはめになった。 
辺りはすでに暗く、多少不安はあったが、いつもは星を見にくくしている月がこの日は目の前の道を照らしていてくれてありがたかった。それ以上に良かったのは、月の光には程遠いが蛍が舞っていて、わずかながらの光を放っていてくれた。  

「夜、走るのも悪くないな。」と思った。  



<<どこまでも青いカリブ海、そして中米最初の国『ベリーズ』へ>>


 ジャングルの緑に飽きてきた頃、ちょうど目の前に青いカリブ海が開けた。
本当にどこまでも青く、こんな鮮やかできれいな青色は見たことがなかった。ここのキャンプ場の近くにはカリブ海に面した「Tulum遺跡」(トュルム遺跡)があり遺跡見物と海水浴が同時に楽しめる。  
「ベリーズに行ったらカリブ海に浮かぶ島へ行こう!。」
無性に、そう思っていた。  

メキシコのイミグレーション(出入国管理局)にいたおばさんは気さくな人で感じが良く、ぜひまたメキシコに来たいと思ったが、ベリーズ側は若い女で1ヵ月で申請し、1ヵ月有効のビザを持っているにもかかわらず、2週間の滞在許可しか下りなかった。
彼女いわく、ベリーズシティーで延長ができると言っていたが、観光客にはできるだけ長く滞在許可を与え、どんどんお金を落としていってもらったほうがいいのになあと思った。

 

ベリーズという国は中米の中でここだけ公用語が英語なのだが、現地の人々の話を聞いているとスペイン語を喋っていたりする。
この国は日本ではなじみのない国だが、1981年に独立したばかりで、それまでは『英領ホンジュラス』と呼ばれていた。
しかし、グアテマラ国内発行の地図によれば、それ以前は『グアテマラの自国領』と記載されている。
この国の特徴は、国民の10%ぐらいを黒人が占めている。物価は周りの国々よりも高めだ。そして、まだまだ未開発なところが多く、自然の多い国だ。
最近、日本で見た雑誌でベリーズの特集をしていて懐かしく思ったが、今後、多くのツーリストがこの国を訪問し何を残していくのかとを考えると、ちょっと複雑な気になった。  


ベリーズシティーまでの道は、途中向かい風で疲れたが、道がかなり舗装されていて走りやすかった。シティーに着いてガイドブックを頼りに宿を探したのだが、そこのオーナーが留守でどうしようかと悩んでいると、隣の宿のおっちゃんがうちのホテルもそこと値段は同じだからどうだ?と、言われ、結局、そのおっちゃんの宿にお世話になることにした。
おっちゃんは中国人か台湾人で中国語、英語、スペイン語、そして日本語を喋っていた。昔、日本に住んでいたらしい。たぶん、戦争か何かで日本に連れてこられたんだと思う。後で気が付いたことだが、宿の前にはちょっとあやふやな日本語で『いらっしゃいませ』と書いてあって、別に日本を嫌っているわけではなく、むしろその逆だという事が分かり嬉しかった。
宿の1階は中華レストランで久しぶりに思いっきりメシを食った。ベリーズの名産の『カニ』を頼んだのだが、これがめちゃくちゃでかく、それにカタクリ粉でトロミをつけた八宝菜のようなスープがかっかていた。そして、白メシがまた良い。ここのところ『米』を口にしていなかったので妙に嬉しかった。白メシを口いっぱいにふくみ野菜を押し込めばそれだけでもう最高にうまい!!!。いくらでも食えた。やはり『米』はアジア人の心、パワーの源だ!!!。
ここのレストランも、部屋と同様にきたなかったが、セニョーラ(奥さん)も日本語がちょっと分かり、めちゃくちゃ感じの良いおばさんだった。ただ、シャワーの水の出が良かったらいうことはなかったのだが。 

翌朝、町を歩いていると裸足の黒人が話しかけてきた。
「やあ、アミーゴ(友達)。なにを探しているんだい?」
「本屋だ。」
「よし、俺が連れていってやる。どんな本が欲しいんだ?」
「絵葉書とベリーズの地図だ。」
「オッケー。さあ、行こう。」
こんな風な出会いはも慣れていた。しかし、彼が連れて行ってくれた通りは、ほとんど人もいない、寂しい不いん気だったので十分に注意が必要になってきた。
行き着いた先は普通の本屋だったが、置いてあるのは教会に関する本が多く、彼の知り合いも多くいた。別に悪い所ではなかった。そこで絵葉書と地図を買い、その後、目の前の教会に連れていかれ中を見学した。中には案内をしてくれていた黒人の母と名乗るシスターがいて、帰り際に寄付金を要求されいくらかあげた。そして、彼等に礼を言い、立ち去ろうとすると
「俺はおまえの友達だ。俺はおまえの手助けをした。だから、ベリーズドルで10ドル(日本円で550円くらい)くれ!。」
と、言ってきた。もちろん、断わった。
今、1日の生活費が1000円くらいで旅をしているし、そんな大金をあげる訳にはいかなかった。結局、全くあげないのも悪いと思い、150円ほどだけ渡して別れた。
今まで道を尋ねたり、案内してもらっただけでお金など払ったことはなかったし、請求もされなかった。ベリーズに入国したての頃はメキシコ人より黒人の人々が愛想が良く、特に女性がそうで黒人の多い国はいいなあと思っていたが、ここベリーズシティーではあてはまらないようだ。 < 第7話 へ続く> 

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