中南米の大自然と遺跡の数々。
9ヶ月に及ぶ縦断の記録です。



第3話 ダートの道からの脱出!!!


  いくら叫んでも何の応答が無いのは分かっているが、何かを叫んでいないと『死』という恐怖に押つぶされそうだった。 

「あっけない幕切れやなー。まさか、旅を始めて1ヶ月もせんうちに終わってしまうとは。」

と思いながらも、とにかく自転車を押していると『キラッ!』何か光る物がみえた。  

「今、確かに車か何かが見えた!ヤッター、人や、人がおる。助かった!」

どこにまだそんな気力があったのかと思う程、急に元気が出てきて光りの見えた方向へ思いきり自転車を押した。
(道が悪くとても乗れる状態ではなかった。)  −助かったー! そこには数人の人々と車が2台あった。

とにかく大声で 

「オラー(やあー)。ブエナスタルデス(こんにちわ)」

あいさつ程度のスペイン語しか分からなかったが、身振りや手ぶり、地名などを言っていると何とか通じたみたいだ。
[San Juanico](サン フアニコ)に行きたいと言うとすぐに車に自転車を乗せてくれた。

途中に民家がありそこにコーラが売っていたので買った。うまかった。そこでタコスを2つもらい、今日初めてのまともな物にありつけた。
今日はついていると思った。朝から車と1台も出会わなかったので、もうこの道では車とは会わないと思っていたためだ。 
やはり車は速い。ぐねぐねとした道を行き、やっとのことで海岸に出た。しかし、なぜかそこで降ろされた。
心の中で 「なんで?みんな[San Juanico ]に行くんとちゃうん?」と思いながらも、 
「この先が[San Juanico] への道だ。」と、言われ、そのまま彼等と別れた。世の中、そんなに甘くはなかった。

しかたがないので、今日初めて時速30キロ以上でその道を急いだ。というのもすでに19:30くらいであまりにも遅すぎる。すぐに夜だ。
近くに村がありそうなので、今日はそこに泊まろうと思い走っていると、やはり30分もしないうちに村に着いた。

まず、そこで寝てもいいか?と聞き、コーラを買って飲んだ。みんな自転車の周りに集まってきて、さっそく辞書を片手に会話が始まった。
そして今日はこの村の幼稚園のような小屋で寝かしてもらうことになった。
日本から持ってきた絵葉書を一人一枚ずつあげ、それぞれに彼等の名前をカタカナで書き、[Shinichi Tomooka  Osaka,Japon] と書くとみんな喜んでくれた。
こういうとき、やっぱりダートの道を選び地元の人々と交流が持てて良かったと思う。( 第4話へつづく

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