中南米の大自然と遺跡の数々。
9ヶ月に及ぶ縦断の記録です。
第12話 貧しい心
<< 貧しい心 >>
旅をする前に、あまり、アンデス地方についての勉強はしていかなかった。そのためもあってか、アンデスの民というイメージをかなり誤解していた。今回の旅でアンデスが現実にはなかなかそういうわけでもなく、自分自身がやはり、金持ち日本人旅行者だというのが、身にしみてよく分かった。日本にいたときは、自分よりも良い生活をしている人達に囲まれていて、そう大して裕福だとは感じなかったが、いざ旅に出ると、そんな考えは吹き飛んでしまい、日本人の裕福さがよく分かる。
実際、現地の人々にとって、外国に一年間も旅行に行くなんていう考えは思いもよらないことだと思う。今の世の中ほど情報が飛び回り、世界が狭くなり、全てが『お金』という時代になった以上、よほどの奥地へ行かないとお金とは無縁の世界などありえないのだろう。現地の人にとっては外国人旅行達は、やはり、お金を持った存在なのだとは思うが、そのうちの旅行者の多くは何とか節約をし、切り詰めて、旅をしている。なんとなく寂しいことだが、お金というものによって人間関係が大きく左右されてしまうのは、もはや、しかたのないことだというのがよく分かった。
でも、中にはそんなものにはとらわれていない人々もいるが、彼等はある程度、裕福な人々なんだと思う。長く旅をしていて、自分自身、『余裕』というものをどこかに落としてきた為か、南米という響がそうさせているのか分からないが、目に映る全ての人々がそういう風に見えてしまう。いつの日にかもっと、素直に人々と向かい会える日が来ればいいのに。
<< アンデスの廊下を縦断! >>
とうとう[Cuenca(クエンカ)]まで来た。これで、アンデスの廊下と呼ばれる区間は完走した。もう、しばらくの間は3000m級の峠を越すことはない、と思うと嬉しいやら寂しいやら、ちょっと複雑だ。クエンカの町に到着する前に3500m付近から一気に2500m付近まで下ったので、今までの苦労がやっと実り、かなり、快適なサイクリングを楽しんだ。
今、いるホテルは何もかもが最高で、値段も手ごろで、部屋の照明が明るい。そして、何よりも感動したのがシャワーのお湯で、とにかく熱く、少し水を足したくらいで、また、勢いも良く、大量の水を浴びることができ、まるで風呂にでも入ったかのような気分になった。
昨日の夜中から下痢。朝方、胃の中のものを全て吐き出したので少し、楽になった。日本ではありえないくらいの下痢にも慣れたとは思っていたのだが、どうも駄目だ。原因はたぶん路上で売っていた酒を飲んだ為だと思う。焼酎らしきもので問題はないと思うのだが、どうもコップが汚い。3つしか置いてなく、使えばバケツの水で洗うのだが、この水がかなり汚そうだ。
あと、原因と思われるのは、アサーダと呼ばれるバーベキューにやられたのかもしれない。一応、ちゃんと火は通してあるはずなのだが、衛生上必ずしもきれいとは言えないし、何よりも何の肉のバーベキューかさえも分からない。こんな調子なら、いつ、肝炎やコレラにかかってもおかしくないな、という気がした。
<< 世界で一番の贅沢者 >>
夕方、キャンプ地を見つけ、テントを張る。タタミ2畳の広さもない狭さだが、唯一の城にろうそくの火が灯った瞬間、最高のなんとも言えない満足館に浸った。この世の中にこれほど贅沢者はそうはいない、と断言できる。自転車やバイクの旅程、贅沢な旅はないと思う。
確かに、自転車での旅は疲れるし、途中で嫌になることも多い。でも、時間と資金の許す限り、好きな道を行き、好きな所で寝る。満点の星空の下、ろうそくの灯りを頼りに日記を書いたり、本を読む。たき火ができればもう最高だ。一口飲むだけで、全身に響き渡るくらいの強い酒をちびちびとやり、星を眺め、火の粉が舞い上がるのを見て、今、自分がどれほど、贅沢ですばらしい夜を過ごしているのか、ということを自覚する。
そして、朝、コーヒーを沸かし、飲む。どんなコーヒーよりもうまい! 本当に贅沢ものだ。
<< 正体不明のジョン >>
クエンカを後にして、アンデス山脈を下った町でエクアドル人のジョンに出会った。彼の友人が経営している安いホテルを紹介され、夜には[Machara(マチャラ)]という港町までドライブに行こうと誘われ、後で迎えに来る、と言い残して去っていた。ジョンは妙に親切だった。その後、シャワーを浴び、腹ごしらえをし、休んでいると、約束通りジョンが迎えにきた。彼の友達も一緒で、3人でドライブに出かけたのだが、いつ、ジョンが盗に変身するかと彼の正体が分かるまでは不安でしょうがなかった。
全く光の無い暗闇の中をものすごいスピードで飛ばしながら彼が「明日、一日ここに滞在しろ。ホテル代と食事代は俺がもつから。」と、言い、どうしようかと悩んだが、今の状態で反抗したらどうなるか分からなかったので、もうどうにでもなれ!、という感じでOKした。なんでこんな暗い所に連れて行くんだ?と疑問に思いながら、ドライブなんかにくるんじゃなかったと、かなり後悔した。彼いわく「ここにあるのは全てバナナだ。」と、誇らしげに言っていた。
確かにエクアドルがバナナの世界一の輸出国というのは受験で地理の勉強をしていたので、かすかに覚えてはいたが、そのときは気が気でなかったので、そんなことはもうどうでも良かった。結局、彼はどこかの家に寄ったくらいで無事にホテルに返してくれた。
翌朝、ジョンが迎えに来て、またドライブに出かけた。ここでやっと彼の正体が分かった。なんと彼はバナナ農園の地主だったのだ。年は30代前半だが父親から農園を譲り受け、切り盛りしているらしい。ここら一帯は全てがバナナ農園でどこまで行ってもバナナ農園が広がっていた。その風景は壮大だった。バナナがどういう風に輸出されるのかを見学することができ、考えさせられることが多かった。
まず、農園から切り取ってきたバナナを大きな水槽で洗い、ある一定の重さに仕分けし、消毒後どこの農園で作ったものかを示すラベルを貼り、箱詰めにして最後にトラックに乗せる。このときの仕分け作業がどうも気になり、ジョンに尋ねた。
「なんで、あんなにバナナをすてるんだ?」と、目の前には山積みされた、まだ青いきれいなバナナがあった。
「 ちょっとでも小さかったり、大きさが揃っていなかったら売れないんだ。」
「でも、別にどこも悪くないのに勿体ないなー」
「何を言ってるんだ?!! おまえは日本人だろ! おまえの国が特にうるさいんだ!」と、言われ、複雑な気持ちになった。
確かに日本で見るバナナは形も揃っていて、きれいなものばかりだった。日本人を始めとする先進国の人々がバナナの形がきれいでないと買わない、と言っているとは思ってもいなかった。そんなことを考えている間にもどんどんとバナナは選別され、形の小さなバナナはどんどんと放り捨てられていた。形は違ってもバナナはバナナなのに・・・。
<<国境の小さなガイド>>
出発前夜、ジョンと話をしていると、ペルーとの国境付近はかなり危険で、殺人事件も起きているから気を付けろ!朝、国境近くまで知り合いの車で送ってやる、と言われ、素直に甘えた。
ジョンは10時に国境で会おう、と言ってくれ、それは出入国の手続きだとか、あと、国境は泥棒が多く、危ないためだと言う。朝、別の者が迎えが来るのでその車に乗り、国境で待っていてくれと言った。
翌朝、5時くらいに迎えの車が来て、国境近くまで送ってくれた。日はまだ昇っていなく、あたりは薄暗かった。車から降り、送ってくれた若者が、「この辺も殺人が多いから早く国境へ向かえ!」という一言を残して去っていった。目の前には霧が広がっていて静かで、ときどき車とはすれ違うがそれ以外のすべてのものはまだ眠りから目が覚めていないようだった。しばらく何もないバナナ農園沿いの道を走っていると、所々、集落があり、人の気配が感じられ始めた。国境までは十数キロという近さだったので余裕で、途中、ポリスチェックがあり、パスポートを差し出すと、いつもはこわばっている顔もすぐに緩み、白い歯がこぼれる。自転車で来たというのが分かるとすべてはオッケーだ。どこの国境でも同じだ。
いよいよ国境の町に近づいてくると人通りも増え、騒がしくなってきた。町中に入り、国境へはどう行けばいいのかと悩んでいると、すぐ後ろから声がした。「国境へは次の信号を右に行けば着くよ。」振り返ると自転車に乗った少年がいた。「グラシアス!(ありがとう)」と言い、彼の言うように信号を右に曲がると道の両サイドにはごちゃごちゃといろいろな店が並んでいた。エクアドルはペルーに比べて物価が安いのでペルー側から多くの人が買い出しに来るためだと思うが、日本にいるとこの辺の感覚が今一つ実感がない。国境という人為的に引かれた線によって国が変わり、ライフスタイルや思想、物価などが変わる。たった一本の線で。だから商品の仕入れもエクアドル側でしたほうが特になり、日本のように隣の国へ行くのにお金が全くかからないので、少しでも稼げるんだったら多少の手間も苦にはならないんだろう。人混みの中を用心しながら自転車を押して進んだ。こんなところが一番危ない。誰か一人が強盗に変身すると周りの人々もそれに同調し、一瞬で身ぐるみ剥がしかれない。気がつくと先ほどの少年が道案内をかってでてくれ、イミグレーション(出入国管
理局)のある建物まで案内してくれた。ジョンとの約束の時間まではいくらかあったのと、エクアドルの小銭も余っていたのでちょっと遅い朝食をとった。この国境は今までの国境にはない混沌さがあるように感じ、油断ができなかった。ジョンを待っていると次から次ぎと両替屋が話かけてきた。だいたいのレートを知っていたので話しかけてくる輩のレートが悪いのも分かり、中にはこちらがレートを知らないものだと思いこみ、めちゃくちゃなレートを言ってくる輩もいたので、パラソルを立て椅子に座り、アタッシュケースを持っている政府公認の両替屋と両替をした。彼らは大抵が真面目な両替商だ。
いつまで待っていてもジョンが来る気配はなかった。仕方がないので彼のことは諦め、国境を越えることにした。さっきからずーっと目の前にいる少年がまた先導してくれ、無事にエクアドルを出国した。妙に優しい少年だなあと思っていると、「ここから先はパスポートがないと行けないのでここまでだ。ガイドはここまでだ。」と言い、「コーラを買ってくれ」と、さっきからずーっと案内してくれたのはそういうことかというのが分かり、実際彼がいないと、どの建物がイミグレーションか分からなかったし、手続きの間の自転車の見張り役もしてくれていたのでコーラ代をあげた。ペルー側のイミグレーションの担当の女性が少し英語を喋り、「今、英語を勉強しているの。」と言い、とても愛想が良く、気持ち良くペルー入国を果たした。日系人の多いペルーではどんな出会いが待っているのだろうか?そんなことを考えながら自転車をこぎはじめた。
( 第13話へ続く )
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