中南米の大自然と遺跡の数々。
9ヶ月に及ぶ縦断の記録です。


第11話[いざ!、南半球に!!!]


<<いざ!、南半球に!!!>>



バスに揺られ18h、予定より一時間早く、国境の町イピアレスに着いた。
ここから再び自転車にまたがって行くつもりだったのだが、韓国人のおばさんに国境付近は物騒だから、キトまで一緒にバスで行こう!と、言われた。
自分自身、まだコロンビアに多少の危険を感じていたこともあり、結局、バスでの旅になった。
そのときは勢いで返事をしたのだが、いざ、バスに乗っていると、バスに乗ったことを後悔し始めた。
というのも、せっかく、生まれて初めての南半球への一歩が、バスに乗ったままでは、いつ越えたのかも分からなかったためだ。
幸い、キトからさほど距離もないので日帰りで来ればいいか、と、自分を慰めていたが、アンデス山脈を目のあたりにしたのは初めてで、白く雪を頂いた山々の姿はバスの中から見てもすばらしく、やっぱり、自転車で来たら良かったかなあと後悔してもしきれなかった。
 その二日後に赤道まで行ってきたのだが、実際に行って見ると、ただ赤い線が引いてあり、大きなモニュメントがあるだけで、赤道を越えたからといってこれといって何かが変わったような気はしなかった。
まあ、あたりまえのことなんだけど。
とはいっても、ここを訪れた観光客のほぼ全員がすると言っても過言ではない儀式だけは済ましてきた。
そう、赤道をまたいで写真を撮るというあれだ。なんだかんだといってもやっぱり嬉しいもんだ。



<<キトのすばらしき街並み>>



 キトは標高が2800m位のところにあり、酸素が平地よりは薄く、慣れないうちはちょっと歩いただけで息がきれたり、軽い頭痛がした。
それに追い打ちをかけるかのように中心街は坂道ばかりで散歩するのも一苦労だったが、そんな苦労をしてでも散歩する価値があるほど、キトの街並みはすばらしかった。
キトは大きく分けて3地区に分ける事が出来る。
坂道ばかりだけどすばらしい街並みの旧市街、日本大使館や近代的なビルが建つ新市街、そして全くと言っていいほど観光客とは無縁の住宅地区、スール(南地区)の3地区だ。
旧市街は一般的なダウンタウンで治安も悪く、夜の10:00以降になると地元の人々もあまり出歩いたりしないところだが、安宿があり、安い定食が食えたり、またエクアドル庶民の生活を見たり、感じたりと、貧しいなかにも活気を感じることができる場所だ。
 新市街にはあまり観光で行く所はなく、エクアドルの情報収集の為、日本大使館に行ったくらいだった。
やはり、比較的治安が良いと言われている国だけあって、特にこれといった危険情報は得られなかったが、ただ、ペルーとの国境のジャングル側では多少いざこざがあるので避けたほうが懸命だとは言われた。
 キトの町には大きな『ハシネージョの丘』という丘があり、その丘だけは行かないほうが身の為で、もし行くなら何人かつるんで行き、それも頂上まではタクシーを使って行かないとほぼ確実に強盗に遭うだろうという場所があった。
つるんで行く仲間もいなかったし、一人で行った場合、タクシーの運転手までもが強盗になりかねないとも聞いていたので、断念した。
その丘に登るとキト市内が一望でき、周辺のすばらしいアンデスの山々が見れたかと思うと残念だったが、こんなところで危険を犯す必要もないと自分に言い聞かせてキトの町を後にした。


 

<<アンデス山脈縦走>>



 いよいよ待ちに待っていたアンデス山脈縦走が始まった。
まずは標高2800mのキトから始まったのだが、キトの町から出るのにひたすら上りだった。
たいした勾配ではなかったがだらだらと続いたのが疲れたが、その後は一気に爽快な下りで、これがあるから自転車はやめられない。
昼過ぎから雨が降ってきた。この雨が次第に氷に変わり、それも激しくなっていく一方で、やむ気配をみせなかった。
俗に言うスコールの雨が氷になって、降ってきているという状態だった。
エクアドルは物価が安いので三食レストランで食事をして、ホテルに泊まっても一日¥1000とかからなかった。
そのため、途中、どこかで定食でも食べるつもりだったので食料を買っていなかっ
たのは失敗だった。
雨やら氷やらが降る中、ずーっと上りで、それにもまして、店もなく腹が減って思うように力が出せなかった。
しまいには、自転車にまたぐこともできずに押しながら進むうちに、やっと下りになった。
しかし、自転車にまたがったが全然前に進まない。
おかしいと思いながらもこいでいると信じられない光景に出会った。
なんと、雨水が進行方向とは逆に流れていて、ずーっと下りだと思っていたのに実は、まだ上り坂の途中だったのだ。
なんとも不思議な光景だったが、どう見ても下っているようにしか見えない。
そうこうしているうちに前の方にほったて小屋が見えた。
どうも飯が食えそうな所だったので、迷わずに中へ入った。やっぱり飯屋で、とりあえず腹が減っているので何か食わせてくれと言うと、すぐに飯が出てきた。
せっかくありついた飯だったのだが、いくら腹が減っていても食が進むような代物ではなかった。
だが、次はいつ食えるのかが分からなかったので、ここで無理をしてでも食べておかないと駄目だと思い、無理やり腹の中へ押し込んだ。
その食堂のおばちゃんによると、あと一キロも行くと下りになるらしい。
ただ、この先しばらくはホテルなどはなく、どこかキャンプできる所を探さないと駄目なようだった。
雨がまだ止みそうにはなかったが、どうせ既にずぶ濡れになっているし、少しでも距離を稼ごうと、そのほったて小屋を後にした。
しばらくすると、情報通りに下りになった。かなり長い下りに思えた。どうやら峠は越えたようだった。
 このときから多少の高山病の症状らしきものが現われていた。
暗くなる前にキャンプ地を探すつもりだったが、道の両サイドには柵がしてあり、なかなか良いところが見つからない。
途中、検問をしていたポリスをつかまえて、駄目だとは思いながらもこの先の町に、ホテルはないかと尋ねた。
あわよくば、警察署のようなところにでも紹介してもらえればという、ひそかな期待もあってのことだった。するとここから5キロ程行った町にホテルらしきものがあるとのことだった。
今日みたいに雨に打たれた日には宿に泊まり、熱いシャワーでもあび、ビールを飲んで思いっきり飯を食い、暖かいベットで熟睡すれば、翌日はまた新鮮な気持ちで走り始めることができる。
だから、どうしてもホテルに泊まりたく、その言葉を信じ、期待して先を急いだ。
が、言われた5キロ程を進んだところにあったのは町というよりは村で、それもとうていホテルなどなさそうな村だった。
不安になってその辺を歩いていた若者にホテルの存在を確認すると、そんなものは無いと言われ、愕然とした。
もう、辺りは暗くなってきていてキャンプする場所を探すには少し厳しかった。
とりあえず、どこかのレストランで飯でも食い、そのままそのレストランにお世話になるか、もしくはその庭
にでもテントを張らしてもらおうと考えていた。
 なんとか一件のレストランがあり、そこを尋ねると、まず子供たちが出てきてその店の主人らしき人を呼びにいってくれた。
その主人らしき人はベットがあるからそこで寝たら良い、と言ってくれ、中へ通してくれた。
レストランの客間の奥のベットの置いてある部屋に通された。
まず、ビールを飲み、飯を食った。
クリームシチューのようなものでパンが食べ放題で、思いっきり食べることができた。
シャワーは浴びれなかったものの温かいベットに感動して眠りについた。
地獄の中に仏ありとは正にこのことだった。


 

<<地獄の中の仏?、ではなく鬼だった。>>


 翌朝、目が覚めると、心地良い朝日がカーテンのすき間から差し込んでいた。
気分は爽快だったが、体は完全復活とは言えない。夜中じゅう肺と肺の間が痛くて痛くて、何度も目が覚め、その度にもうろうとした意識の中、不安な気持ちを抑えるのが大変だった。
「これが噂には聞いていた高山病か? このまま朝になっても直らなければ、どうしようか? 
自転車での旅では、ゆっくりと山を上っていくので滅多に高山病にはならないはずなのに、何故だ?」、というようなことを何度も何度も繰り返し、自問していた。
そんな夜を過ごしたので、余計にその朝日がまぶしかったのだと思う。
やはり、標高の高いところでのサイクリングは体に大きな負担がかかるようだ。
 朝食後、朝食代を払おうといくらか尋ねたら、「トレインタ」と、言われ、「エッ!?」と、驚いた。
というのも、『トレインタ』というと30000スークレのことで約$9くらいだ。
エクアドルではたいてい$2〜3あれば十分満足のいく宿に泊まれるし、だいたい一日当たり、$6〜8程度で生活していたので納得がいかなかった。
でも、すでに夕食、朝食を食べ、それに一泊した後だったのでしかたなしに払った。
やはり、現地での生活が長くなるとどうも駄目だ。かなりのけちり癖がついてきている。
日本円に換算するとたいした金額ではないのだし、彼等も生活のためにやっていることなんだ割り切ってしまえば良いというのは分かっていても、足元を見たやり方には腹の虫が治まらなかった。
 そんな朝の出発だったが、この日は快適なサイクリングができた。
たぶん、昼食もちゃんと食べて、途中、コーヒータイムもとった為だと思う。
それと何よりも、雪をかぶった山を目のあたりにして走っていたのが、もっと大きなな原因だったと思う。


 

<<アンデス地方の名物料理『クイ(モルモット)』>>



 エクアドルアンデスはかなりのアップダウンがあり、一日に何度かの峠越えをすることが多い。
中には速度メーターが時速70kmを記録することもあった。
そんなところを走っていたある昼過ぎに、いつものように飯を食える所はないかと思いながら、いくつものアップダウンを越えていた。
すると、丁度、峠らしき所に食堂が3件程あり、やっと飯にありつけると思い、自転車を止めた。
店の前には鉄串に刺された焼肉が焼いてあり、こおばしい香りにつられその肉を見に行った。
「エッ!!、何これ??」。
なんと、その焼き肉というのは鼠の丸焼きに見え、かなり、グロテスクなものだった。
もしかしてとは思いながら、どんな食事をおいてあるのか?食堂のおばちゃんたちに聞くと、どの店でもそのでっかい鼠しか置いてない、と言い、どうしたものかと、考えた。
もし、これを食べずに行って、次の食堂が無かったらどうしようか?。やはり、食えるときに食っておいたほうが得策か?。かなり、悩んだが、結局、その得体の知れないものを食べることにした。
 目の前に出されてきたものは、上半分のもので、丁度、「今から、俺を食うのか?」とでも、話しかけられているかのような感じで、こちらを睨んでいた。
持っていたガイドブックにそれはアンデス地方の名物料理:クイ、モルモットと書いてあった。
もっと、別の書き方はなかったのだろうか?どうも、モルモットという響は良くない。
かなり、気味が悪かったが、それでも、何事も経験だと思い、試してみた。
あまり、肉はなく、皮ばかりで、ボリュームがなく、あまり、腹のたしにはならずに、そのくせ、高かった。
味の方は鶏の皮の部分のもっと薄いのを食べている感じで、まずい、とは思わなかった。
その後、現地で友達になった人に言わせると、多くの人が好物だ、とは言っていた。
ただ、クイを食べたのはそれが最初で最後だった。
(第12話へ続く)


HOME_side CUB_side BEAVER_side VENTURE_side
BOY_side 中南米旅日記 DAN_side


ご意見・お便り viaje@fogatas.comメールヨロシク!